永遠の愛

僕には人を愛する才能がない。
愛とは継続だ。
理想の愛とは、永遠である。

人との別れを経験する度、相手を嫌いになるのではなく、相手を許し愛し続けることができない自分に失望する。
僕はとにかく利己主義で、他人が抱えるあれこれを「許してあげよう」と思えない。
僕に害をなす存在は許せない。

愛していたのに。
愛していたけど。
僕が持っている愛情は、愛情ではないのだと思う。

よく言えば損切り。
悪く言えば薄情。

喧嘩してもまた許す、相手のダメなところまで愛する、根気強く、酷い目にあってもそれでも離れられないほどの、そんな懐の深い、泥沼にはまりながら抱擁し合うような愛。

僕にはそれがない。
きっと、そうすることもできないし、それをされても困ってしまう。

それでも、人を愛したい 愛されたい 満たされたい 誰かと永遠の愛を結びたいという 執着めいた強迫観念が心の奥底に渦巻いている。
僕はそれが苦しくて、苦しくて、苦しくて。
溺れているような気持ちになる。

僕の愛の成功体験がある。

幼稚園から高校まで飼っていたオスの黒猫。
僕にだけ懐いて、いつもどこでも一緒だった。お互いがお互いを一番に大好きだった。
その黒猫がしんでしまったとき、僕は死のうかと思うほどに落ち込んだ。
でも、「最後まで幸せだった、彼もきっと幸せだった。これでいいんだ。」と思えた。

そこで気付いた。彼が死んだことで、僕らの愛は、完璧な形で「完成」した。もうこれが穢されることも、覆されることもない。僕らの完璧な愛が存在したということが消えることは無い。

終わりとは保存である。
綺麗なまま、大好きな存在を飲み込んで。
それはきっと レジンに流し込まれた花のように ずっとずっと 僕が知る綺麗な姿で。